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#3. 能動でも受動でもない「中動態」のキャリアから自律的キャリアへ

1. はじめに

こんにちは。TIS株式会社の稲葉涼太です。ESGと人的資本経営のエキスパートです。

第1回目のコラムでは人的資本経営が求められる背景と意義について記載しました。
第2回目のコラムでは人的資本経営で向上させる「価値」の定義と可視化について、ESGとの関連も踏まえ記載しました。

ここまでは企業経営の視点でコラムをお届けしてきました。
今回は従業員に視点を当てて自律的キャリアについて記載します。

2. 人的資本とは誰のものか?

改めてですが人的資本とは、個人が持つスキル、知識、経験、能力、健康、創造性などの無形の資本を指します。
企業が設備投資や金融投資をして価値を向上させるように、個人も人的資本に投資をして価値を向上させます。

大事なのは、人的資本の所有者は企業ではなく個人だということです。

個人が自身の人的資本をどのように活用するかは、個人の自由であり、意思決定に基づいて行われます。
企業や組織はその人的資本を活用するために、賃金や福利厚生などの対価を支払いますが、それによって人的資本そのものの所有権が企業や組織に移るわけではありません。
企業や組織は、人的資本を効果的に活用するための環境を提供し、個人のスキルや能力を最大限に引き出す努力を行うことが求められます。
人的資本経営とは従業員が持つ知識や能力を 「資本(事業の元手)」 とみなして投資の対象とし、持続的な企業価値の向上につなげる経営のあり方です。

そして人的資本経営は企業側の視点だけではなく、人的資本の所有者である従業員本人のキャリア実現の視点が必要です。

3. リスキリングは何のため?

「人的資本経営」という言葉とともに「リスキリング」という言葉も急に使われるようになり、Google Trendsでも2022年の夏以降、急激に使用頻度が増えています。

リスキリングは何を目的に行うのでしょうか?

リスキリングはよく「学びなおし」と訳されます。
学び直しと重なる部分もありますが、例えば「簿記3級相当のスキルの経理担当者が改めて簿記をしっかり勉強して簿記2級に合格した」これはリスキリングではありません。今業務で使用しているスキルを向上させるのは「アップスキル」です。
リスキリングは今持っていないスキルを再取得し、そのスキルを活用して今行っていない職務にシフトするための行動です。
つまり、リスキリングは目的とする職務があり、その職務を行う手段としてのスキルを獲得することです。

では、目的はどのように決まるのでしょうか?

一つには前回までのコラムで記載したように、企業としての目標を実現するための企業戦略に基づき決まります。
もう一つ、従業員の意思が大事です。リスキリングは人的資本であるスキルの獲得ですが、人的資本の所有者は従業員です。
いくら企業がリスキリングを指示しても本人の意思やキャリアとマッチしなければ「やらされ」リスキリングになります。

では『本人の意思』はどのように決まるのでしょうか?

4. 自律的キャリアとは何か?

少し前ですがパーソル総合研究所の国際調査で興味深いデータがありました※1

調査委対象国の中で日本は「現在の勤務先で働きたい」割合が最下位な一方、「転職意向」も最下位でした。
つまり、積極的に自分のやりたいことをやる訳でもなく、だからと言って従順な訳でもなく宙ぶらりんな状態です。
この状態では、どのように自分の人的資本価値を高めていけばいいのか方向性を決めるのも難しいと思います。

大事なのは「自律的キャリア」という考え方です。
自律とは自らの“律”(規範・ルール)を持ち、それに基づいて評価し判断し行動できること、つまり自らを方向付けできることです。
自律的キャリアを考えていく上で、近年注目されているのが、プロティアン・キャリア協会が提唱する「プロティアン・キャリア」という考え方です※2
プロティアンの語源は変幻自在の神プロテウスで、ダグラス・ホール教授が提唱したプロティアン・キャリアを現代社会に適応するため発展させたのが、同協会が提唱する現代版のプロティアン・キャリアです。

プロティアン・キャリアは個人の心理的成功の実現を目的とし、そのために3つのキャリア資本を戦略的に蓄積しながら活用する考え方です。

3つのキャリア資本とは以下の3つです。
ビジネス資本(仕事に役立つ知識・スキル・経験など)
社会関係資本(人脈・人的ネットワーク)
経済資本(収入や貯蓄、保険、お金に関するリテラシーなど)

自分の心理的成功とは何かを言語化し、どのような戦略を考えるからこそ、戦略を実現するための「自らの“律」”が明確になります。

従業員が自分の心理的成功のための人的資本を高めていくキャリア戦略と、企業の経営戦略が一致し、かつ今必要なスキルがないことが可視化され、戦略実現のためにスキル獲得を目指すからこそリスキリングの動機づけが醸成されます。

しかし、自律的キャリア実現を阻害する構造があると考えます。

5. 「中動態」キャリアについて

パーソル総合研究所の小林祐児さんの著書※3から「中動態」のキャリアという考え方をご紹介します。
「中動態」という考え方を詳しく知りたい方は哲学者の國分巧一朗さんの著書※4をご参照いただきたいですが、ここでは「自分が主語ではないが完全に受け身でもない」状態とご理解ください。

多くの日本企業では入社時に企業主導の配属が行われます。そして企業主導で人事異動が行われます。
しかし完全に受け身かというとそうではなく、多くの場合配属先で各従業員なりに頑張って仕事をしスキルを向上させ、社内のルールに基づき査定評価獲得を行ってきました(図1参照)。
必ずしも本人の意思に基づく能動的なキャリアではありませんが、かといって完全に受け身で流されるのではなく起きたことに対して真摯に取り組んでいる状態が「中動態」のキャリアです。

新入社員からある時期までは中動態の状態で企業も従業員もお互いのWin-Winでした(図2参照)。

  • 企業は「させること(Must)」がたくさんあります。
  • 従業員はMustに応じて職務遂行能力(Can)が増えます。
  • そこそこ忙しく、頑張れば処遇もあがり、異動配置で新しい経験と賃金が増えます。
  • Willが無くても企業と従業員のお互いにメリットがある関係でした。

しかし、中堅のあるタイミングからその関係が崩れます(図2参照)。

  • 出世コースから外れた従業員に対して企業が従業員にさせること(Must)が徐々になくなります
  • 従業員のキャリアが停滞しできること(Can)の成長が止まります
  • この段階で、急に企業が従業員に「自律性」(Will)を求めます。

しかし、「自律的であれ」というのは企業の指示(Must)であり、企業から指示をされるのは能動でも中動でもなく、「受動」です。

昨今「働かないおじさん」というテーマの書籍、雑誌、広告を目にすることが増えました。
日本の中高年の管理職クラスに男性が多いから「おじさん」なのでしょうが、問題は性別の話ではありません。

昨今、自律的キャリアが注目される背景の一つには、中動態が維持できなくなった後の責任を従業員本人に転嫁することもあると思います。
中動態が維持できなくなった後、自律的キャリアを求める流れは中高年層だけでなく若手層含め多くの層に影響します。

しかし、これは企業も従業員も幸福な状態ではありません。
キャリアを中動態で構築することになるのはそういう仕組みがあったからです。
中動態が維持できなくなった後に「働かないおじさん」扱いされるのはマネジメントの責任もあると思います。

企業と従業員の人的資本価値を向上させる人的資本経営を実現するには、中動態のキャリアを産む構造の見直しが必要です。

※図出典:小林 祐児著 リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考を基に作成

終わりに

今回は自律的キャリアについて記載するとともに、中動態のキャリアから始まり受動態のキャリアに至ってから自律的キャリア求められ困惑する従業員の構造について記載しました。
次回は、中動から受動に至る仕組を雇用の在り方の観点から掘り下げ、自律的で能動的なキャリアを構築し企業と従業員が双方とも自身の戦略を実現する、ジョブ型でもメンバーシップ型でもない「スキルベース型人事」について記載します。

※1:出典:パーソル総合研究所
https://rc.persol-group.co.jp/news/201908270001.html
※2: 出典:プロティアン・キャリア協会
https://protean-career.or.jp/
※3:出典:小林 祐児著 リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考
※4:出典:國分功一郎著 中動態の世界 意志と責任の考古学

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更新日時:2024年12月19日 17時28分