【対談】AIを活用して生命保険会社のビジネススタイルを変革する
藤本 浩司 氏
テンソル・コンサルティング株式会社
代表取締役社長
人工知能(AI)に対する注目度が日増しに高まるなか、企業ITの現場では、『とにかくAIを使いたい』という欲求が強まり、“AIバブル”とさえ言える状況になっています。ただ、AIの導入が、自動的に企業の実利に結びつくわけではありません。ならば、AI活用で成果を上げるには、どうすればよいのでしょうか──。AI技術を使ったビジネスデータ分析/コンサルティング事業を手掛けるテンソル・コンサルティング株式会社 代表取締役社長 藤本浩司氏とが、生命保険会社でのAI活用のあるべき方向性を中心に意見を交わします。
"AIバブル”に踊らない 地に足が着いたソリューションとは
AIへのニーズが高まる生保業界
棟方:TISでは、2016年秋に生命保険会社向けの新たなITソリューションとして「sosiego(ソシエゴ)」というソリューションブランドを立ち上げ、その1つの特徴として「AI活用」を打ち出しました。するといきなり、想像をはるかに超える引き合いをいただきました。多くの引き合いを頂戴すること自体はありがたいことです。
ただ、AIに対するあまりのニーズの大きさに正直戸惑ってもいます。一体、何が起きているのかと。
藤本氏(以下、敬称略):そうした状況は当社も同じで、AIに対する生命保険会社のニーズの高まりを強く感じています。背景として考えられる一つは、生命保険会社のビジネススタイルが、契約者が事故に見舞われたり、亡くなられたり、重度の傷害を負われたりしたときに補償を行うという「受け身的なスタイル」から、事前にさまざまな情報を顧客に還元し、それによってリスクそのものを軽減するという「能動的なスタイル」へとシフトしていることがあるのではないでしょうか。
そもそも、能動的に契約者のリスクを減らして、危険を未然に回避しもらうほうが、顧客を危険から守る「プロテクト」という意味で有益ですし、一歩進んだ次世代型の保険商品の開発につながるはずです。そういった能動的スタイルのサービスづくりにおいて、AIをさまざまに活用しようとする機運が高まっているのではないでしょうか。
棟方:そうした側面は確かにあります。ただし一方で、『AIにデータを読み込ませれば、自動的に何でもやってくれるんだよね』といった妄想に近い誤解も散見されています。
ですので、そうした誤解を抑制・解消するためのAIの啓蒙活動にも力を注がなければならないと感じています。
藤本:その辺りの誤解を生む根本原因は、AIという言葉の中に「知能(Intelligence)」という単語が使われているためだと思います。我々人間は、「知能」について、「人の知能」しか知りません。ですから、AIで言う「知能」を人の知能のことだと勝手に思い込み、AIを「自律的に物事を考えてくれる仕組み」だと想像を膨らませてしまうわけです。もちろん、AIの研究者たちは、人の知能を機械で再現しようとしていますが、現状の研究レベルは、その目標からほど遠いところにあるというのが現実です。
カギは「データ」「ツール」「ノウハウ」の3つ
棟方:現在、保険金や給付金の支払いについて、AIの応用で査定時間をより短縮したいという要望が保険会社のお客様の間に強くあります。その実現にはAIに多くのデータを学習させなければならないのですが、そうしたデータが十分にそろっておらず、「そのデータはまだ入っていません」「紙で処理していましたが、最近になってデータとして残す作業を始めました」といった状況に突き当たることがよくあります。そう考えると、生命保険会社の多くにとって、AI活用の是々非々を論じること自体が時期尚早ではないかとすら思えます。
藤本:確かに、AI活用で成果を上げるには、使えそうなデータがそろっていることが最低条件です。そのデータが「基幹系に入っています」「紙では残っています」というのではだめで、現場ですぐ使える状態でなければなりません。加えて、AIで成果を上げるうえでは、ツールとノウハウも不可欠です。AIはさまざまなパーツで構成されますが、全体をマネージできるAIは存在しません。
また、ツールだけでは結局のところ統合化された知性を実現することはできません。「データ」「ツール」「ノウハウ」の3つがそろって、初めてAI活用の目的が達成できると言えるのです。
AIと人とを最適に組み合わせる
棟方:保険業界に対して、IT企業がAIソリューションの売り込みをかけており、業界内での普及も進んでいるのですが、そのソリューションによって、果たして何が実現できるかは依然として不透明です。
このような状況が変わらないと、現在のAI人気が単なるバブルで終わってしまう恐れがあります。
藤本:今日におけるAIの技術そのものは、『まやかしの技術』ではなく、使い方さえ間違えなければ、一定の効果が得られるはずです。ただし、期待した精度を実現するために、どの程度のコストと時間がかかるかを見積もるのがすごく難しいのです。ですから、人に似た処理が行えるアルゴリズムが開発できた場合に、何人の労力が不要になり、どの程度、ビジネス効率が上がるかの見込みを立てることから、投資計画を策定するようお客様に勧めることがよくあります。
棟方:なるほど。実のところ、「とにかく今年中にAIをやるぞ」と意気込むお客様からお話を聞くと、AI導入で何を実現したいかのテーマをお持ちでない場合があります。
つまり、AIを導入すること自体が目的化してしまっているわけです。これではAIの導入で実利を得るのは難しいと言わざるをえません。
藤本:その意味でも、人の仕事のどこまでをAIに代替させるのか、どこから先を人に任せるのかのすみわけを明確にしておくことが肝心です。言い換えれば、人とAIとの最適な組み合わせをどう設計するかが、重要だということです。
棟方:おっしゃるとおりで、それがAIを単なる“幻想”から地に足のついたソリューションへと変化させるためのカギだと思います。今後も、御社とご一緒にワークさせていただきながら、AIで実質的な成果を出していきたいと考えています。
藤本:ありがとうございます。現在、生命保険会社に限らず、さまざまな業種・業態のお客様が、社内外のあらゆるデータを駆使して、ビジネスを変革したいと望んでおられます。その要望にピタリとフィットしたソリューションが提供できれば、AIの世界で勝ち残っていけると確信しています。その取り組みを、御社とともに推進できれば嬉しい限りです。是非、今後とも宜しくお願いします。
棟方:こちらこそ。本日はありがとうございました。
対談者のプロフィール
藤本 浩司氏(テンソル・コンサルティング株式会社 代表取締役社長)
長年にわたるマーケティング業務・数理モデル構築経験を生かし、AI技術を使ったビジネスデータの分析、コンサルティング事業を展開。また、大学との共同研究にも力を入れている。
棟方 猛夫 (TIS株式会社 執行役員)
1989年4月株式会社東洋情報システム(現TIS株式会社)に入社後、一貫して金融事業に従事。保険事業を中心とした案件に従事し、生命保険会社向けソリューション「sosiego」の推進責任者として活動中。