Column

いまを読み解く

「幸せなDX」をめざして 
~第1回~

小松浩一(こまつ ひろかず)
・1961年東京生まれ。流通ビジネスコンサルタント
・中小企業診断士、1級販売士、東京販売士協会副会長
・三越伊勢丹勤務を経て、現在、文化学園大学非常勤講師、
 青山ファッションカレッジ講師
・現場での豊富な経験を活かし、マーケティング、店づくり、
 店舗の活性化、マーチャンダイジング、業務改革など、現場に寄り添った提言を行う。
・著書 8/26発刊『アフターコロナの「最強の販売脳」のつくり方』
・『みるだけで頭に入る!!「売る力」が身につく最強マーケティング図鑑』
 『人を動かすファシリテーション思考』など多数

1.はじめに・・小売業にとっての「幸せなDX」 とは何か?


 もはや毎日、耳にしない日はないDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉ですが、そこには大きな可能性とともに、数多くの誤解や曲解が同居しています。特に小売業では、ビジネスモデル、KPI・・等「情報システム分野」から生まれた用語と相まって、DXが“呪いの2文字”になっているケースさえ見られます。「DXが大事」「DXを進めなきゃ」という思いが強くて、DXそのものが目的になり、何のためのDXなのかが忘れられている場合もあります。

 本稿では、コロナ禍も含めてこれからの時代に避けられないと同時に、無限の可能性をもつ「小売業のDX」について、2回に渡って論考します。その目的は、どうすれば小売業にとって「幸せなDX」が実現するのか、DXへの正しいアプローチとその考え方をお伝えすることにあります。今回お伝えしたいことは次の2点です。

 ①デジタル情報の利活用がうまくいかない原因は、情報を取得してから利活用を考える、という思考順序にあります。まず自分のビジネスをどうしたいのかという「戦略」があって、そのために必要な情報は何か、という順序で考え、情報の収集と利活用を行うことが鍵です。

 ②そうはいっても、何をどう考えれば「戦略」といえるのか、それ自体が漠然としがちなのが小売業の常です。デジタル化とともに生まれた「ビジネスモデル」という概念は、小売業の「戦略化」への道を切り開くものです。

2.デジタルとは何か


 今更ですが、デジタルとは「離散量」、つまり“とびとびの値”しかない量を指し、アナログとは「連続量」、つまり“区切りなく続く値”を持つ量のことを指します。スマホやタブレットの動画は動いているように見えても、実は限りなく細かい静止画素の連続です。その細かさが人間の目には認識できないために、連続して動くように見えるのです。デジタル化された情報は、映像も音楽も文字も数字も、細かい単位で記録された「データ量」としてとらえられ、保存も加工も配信も、そして検索もたやすくできる・・ここにアナログとは異なる「デジタル」の特性があります。

 「カセットテープ」の音楽と、CDやスマホで聞くデジタル音声化された音楽を比べてみましょう。カセットテープに録音された中の聞きたい曲を聞くためには、テープを早回ししてその曲の場所までテープをもっていかなければなりません(この話がわかるのは、現在の50歳以上の方でしょうか)。しかし、デジタル化された音声では、曲の頭出しはもちろんのこと、曲の途中の“何分何秒の箇所”から再生することも簡単です。情報が「デジタル量」として記録されることで検索がたやすくなる、それは音声データに限らず、文字でも数字でも映像でも同様です。

 デジタルとして人間の行動がとらえられると、体温・血圧・心拍数といったデータも細かい時間単位で分析や配信ができます。現在、国が進めている「スマートシティ」「スーパーシティ」構想の中の、住民の健康管理や遠隔医療はその例です。日々刻々の人間行動は、スマホの位置情報ですべて記録されるだけでなく、インターネット上での検索や閲覧も「行動」としてデジタル的にとらえられ、記録され、分析される。デジタル化は、人間の行動というものがすべて記録、分析、蓄積、加工、配信されることによって次の2つの「制約」からの自由を得ました。

 第1は「時間的制約」からの自由です。デジタル化された情報は、アーカイブ化されて半永久的に残ります。インターネット上に掲載された過去のネガティブ情報がいつまでたっても消えないために、「人間には忘れられる権利もある!」などといった主張がなされるのも、時間的制約がないことによります。

 第2は「空間的制約」からの自由です。デジタル化されれば、紙と異なり大量のデータ保管が可能となって、保管庫のキャパシティといった空間の制約はなくなります。ホームページやSNS上に大量の画像や文字情報が残るのも、コンテンツマーケティングとして大量の情報がホームページ内に格納されるのも、情報がデジタル化されているからこそ可能になったことです。

 デジタル化により、企業側は蓄積情報を分析し傾向をとらえることで、ユーザーに次のアクションを喚起させることが可能になります。アマゾンで本を買っていると、過去に検索・購買された本の傾向から類書がレコメンドされる、カーナビに従って走っていると、そこまでの平均時速や周囲の交通状況をもとに到着時刻を予測してくれる・・みんな、人間の行動が記録され、傾向分析されることで未来予測の精度が高まることによって可能になります。

 他方でデジタル化は、ユーザー側にも変化をもたらします。ユーザーは自分自身の関心度によって、企業・部門・分野・業界を越えて自由に情報や商品を検索します。もはやユーザーの前には、提供者側の組織分担や「事情と都合」はなくなり、ユーザーにとって関係ないことには目もくれず、本当に求めるものを納得いくまで検索・探索していくことが可能になる、ここに全く新たな消費社会が出現します。

3.デジタル化と「ビジネスモデル」


 デジタル化をこのようにとらえるとき、小売・サービス業はどのように変わっていくのでしょうか。実現精度やレベルの差はあれ、概ね以下のことが生じます。(図参照)

 第1に、デジタル化は「売り手」と「買い手」のコミュニケーションを変え、顧客との関係を進化させます。買い手の行動がすべてわかり、記録されて残ることから、

①カスタマージャーニーやマーケティング・ファネルが可視化され、
②CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)の精度が上がり、
③従来の「売らんかな」の広告から「コンテンツマーケティング」へのシフトが生じます。

 ①は、顧客の購買行動のプロセスが記録・分析されることで、何が購買の決定打になったのか、また離脱や非購買の原因は何なのかが明らかになります。その結果、これまで今一つ実効性をもたなかった②のCRMも、個々の顧客の行動と購買実態に即した深い関係の構築=「ファン化・固定化」が可能になります。さらに③は、膨大なテキスト・画像情報を格納できることで、デジタルマガジンとして多様なコンテンツを掲載し、買物を単なる「売り・買い」の世界から「作り手や売り手の思い」への共感としての購買へと導き、小売ビジネスに新たな地平を切り開きます。

 第2に、こうした変化は「ビジネスモデル」「プラットフォーム」といった発想で、小売業のビジネスとは何なのか、その本質を明らかにすべく迫ってきます。

 コロナ禍で街中を行くウーバーイーツのような「シェアリングビジネス」も、一定金額を支払えばマンガ見放題の「サブスクリプション」も、またマルイが標榜する「売らない店」も、みんな小売・サービス業から出発しながら独自の「ビジネスモデル」を誕生させています。では改めて、「ビジネスモデル」とは何でしょうか?

ビジネスモデルとは

①「誰に」「何を」「どのように」提供するかという戦略モデル、
② 戦略モデルの実現のための業務プロセスの構造モデル
③ どうやって収益を獲得するかという収益モデル

この3つを中心に、市場や競合、商品供給、課金方法などを含めてビジネスの形をモデル化したものです。(『ビジネスモデル』根来龍之他著 SBクリエイティブ刊)いわば、自分の商売は「誰に対して、何を、どういう仕組みで」提供し、ユーザーの満足と利益を得ていくのか、これを明確化したものがビジネスモデルなのですが、DXのためには、この「ビジネスモデル」化が不可欠です。しかし小売業には中々難しい。それは、小売業は「店舗」というアナログ空間の中に、商売のすべての要素を凝縮しているからです。

4.「仕入れて売る」 小売業からの脱却を


 小売業というものは、店舗や売場という土地=地面の上に、あらゆる要素が“付着”しています。設備・什器・商品・仕入・陳列・顧客の来店・接客・試着・試食・購買決定・決済・商品渡し・お見送り・在庫補充・欠品補充・・・売り手と買い手をとりまくこれらの要素すべてが、店舗というアナログな空間と時間の中に存在し、そこで繰り広げられる商売と切り離せない、ワンセットのものとして“アナログ的に”凝縮しています。

 大手百貨店の社歌に、巨艦店舗を「♪そびゆる高楼」に例えたものがあります。小売業にとって店舗とは正に「城」のイメージで、店主といえば一国一城の主(あるじ)です。これに対して最近のデジタル系出身の方は、商業施設のことを「館(やかた)ビジネス」と呼び、ひとつのビジネス形態に過ぎないかのようなニュアンスで語ります。

 私は、このあたりのとらえ方に、小売業のDX化の成否を分かつ鍵があると思います。小売業とは、店舗の中で「商品を仕入れて、並べて、売る」というアナログ行為の中にすべてが凝縮している、しかしデジタルベースの人にとっては、この“凝縮している”感覚がわからない。その結果、部分的に商売の要素を取り出して、部分的にデジタル化しか結果、かえって業務負荷とコストが増えてしまってDXの効果が出ない・・。「不幸なDX」の道に陥るパターンです。

 問題は、アナログベースの小売業をデジタル化することではなく、小売業の持っている商売の要素(顧客・商品・展開・プロモーション・接客等)をそれ自体として取り出し、もう一度まっさらな立ち位置で組み立てなおすことなのです。「店舗」という空間を一度括弧に入れて、「そもそも自店は誰を相手に、何を提供し、どのような満足を得てもらう商売をめざしているのか」「自店の役割とは何なのか」について、原点に帰って再定義することが必要です。その上で改めて「店舗」と「デジタル」の役割を決める。この順番が、小売業の「幸せなDX」のために絶対に必要です。

 この「仕入れて売る」という小売業の大前提を見直すことは、小売業の新たな地平を見出すことにつながります。たとえばマルイでは、従来の「仕入れて売る」小売業から、ここ数年間で店内のテナントの「定借化」を進めてきました。そして、デジタルベースのビジネスモデルを持った多くの事業者と提携関係を結び、これまでとは異なる「体験型ショップ」を店内に導入したのです。シリコンバレー発の体験型店舗「b8ta(ベータ)」、WEBベースでオーダーメイドのスーツを販売する「FABRIC TOKYO」、メルカリで売るための梱包からモノの受け付けまでをサポートする「メルカリステーション」など、デジタルとリアルを融合した新しい「体験型」ショップを、マルイの店内に多数導入しています。

 こうしたショップを導入することで、店舗は「仕入れて売る」場所から、多様で多彩な興味と関心を持った人と人が出会い、触れ合う「リアルなプラットフォーム」へと転換します。そして店と客の関係も、単なる「売り手と買い手」から、様々な「体験の場」を通じた「共感と参画」の関係へとシフトしていきます。店舗という存在を一旦括弧に入れて、その「場所」に全く新たな光を当てることで、DX時代の小売業の「ビジネスモデル」が見えてきたのです。

 アナログベースの現状の店舗をどうやってDX化するかではなく、一旦店舗を括弧に入れて、そこでのビジネスを再構築したうえで「店舗」と「オンライン」の役割を決めていく・・このやり方が、「幸せなDX」を実現する鍵なのです。


第2回に続く

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「幸せなDX」をめざして ~第2回~

1.はじめに

2.売上の構成要素とは

3.データの「取得」と「活用」の“粒感”マッピング
 ~あなたのお店の“幸福なDX”の勘所をみつけよう~

 
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